ゴール前50メートル。 攣(つ)った脚で、彼は中国の選手を逆転した。
1978年12月、バンコク。 アジア競技大会の自転車個人ロードレースで金メダルを獲ったのは、当時和歌山県職員だった27歳の仁平義高さん。
外国人選手の成否が、チームの戦力構想を大きく左右することは珍しくない。 読売ジャイアンツにも、メジャーでの実績や他球団でのタイトル歴を携えて加入しながら、本来の力を発揮できず、在籍1年で退団した助っ人が
自立して生きていきたい──。 そんな思いから、長年専業主婦だった中道あん氏が再就職したのは45歳のとき。 その後48歳で夫と別居し、3人の子どもを育てあげた。 さらに、そんな生活の中でも貯金を続け、55歳の